疲れにくい身体、崩れない集中 塩手莉彩が体感した常圧低酸素ルームの可能性
「18ホールを通して集中を切らさないこと。それが、いまの私の課題です」と、プロテスト合格を目指す19歳の塩手莉彩は、静かにそう語る。
練習拠点はジャンボ尾崎ゴルフアカデミー(通称:ジャンボ邸)。伝説の名を冠する練習場で先輩プロと切磋琢磨し、日々ショット精度を磨いている。もちろん、基礎的な体力づくりも取り入れてはいるが、重点はあくまでショット中心。そのため酷暑下のラウンドでは、後半に疲労でスイングが崩れる課題を抱えてきた。
女子プロテストは7月中旬の一次予選に始まり、10月末の最終まで約4か月続く。単発のビッグスコアではなく、連日安定したプレーを積み重ねることが合格の条件だ。
ただでさえ長丁場の試験をさらに過酷にしているのが、近年の猛暑である。気象庁の統計によると、東京の猛暑日(35度以上)は2025年に23日(9月時点)。1日4〜5時間のプレーを数日間繰り返せば、体力も集中力も大きく削られる。
「終盤になると、頭がぼんやりして判断を誤る選手も少なくない」と関係者は語る。塩手が「集中を切らさないこと」を最大の課題に掲げる背景には、この現実がある。
フィットネスガーデン馬橋の常圧低酸素ルームは、気圧を変えず酸素濃度を21%から15.7%程度まで下げ、標高2,500~2,800m相当の環境を再現する。
研究によれば、
・SpO2(血中酸素飽和度)は平地の97~98%から90%前後へ低下。
・心拍数は同じ負荷でも+10〜20拍上昇。
・乳酸値は低酸素下で高まりやすく、代謝刺激が強化される。
・VO2maxは2~3週間で3~6%向上。
・ミトコンドリア適応により酸素利用効率が改善し、長時間でも“ガス欠”になりにくくなる。
これらはすべて「酷暑の中で集中を保ち、崩れないゴルフを続ける」ことに直結する。
塩手は初めて低酸素ルームを体験し、こう振り返った。
「体感の違いはあまりなかった。でも心拍数を測ると普段より上がるのが早かった。自分に足りないのは持久力だと数字で実感しました」
平地で安定する心拍120bpmが、低酸素環境では150bpmまで跳ね上がることもある。数値は、感覚だけでは分からなかった弱点を明確に示してくれる。
利用は最大30分と定められている。安全性を確保しながら、短時間で効率的な刺激を得るための設計だ。
基本はウォーキングやトレッドミルによる有酸素運動。平地に比べて短時間で2倍に相当する負荷が得られるとされ、30分で十分な効果を実感できる。
さらに、設置された機材を活用することで、多様な刺激が可能になる。
マイマウンテンは、傾斜をつけたステップ運動で、登山に近い有酸素刺激を再現。下半身強化と心拍アップに効果的である。
フリーボードは、不安定なボード上で体幹を使い続けることで、自然と心拍も上昇。コア強化と有酸素運動を同時に叶える効率的トレーニングツール。
M3トータルボディトレーナー(M3 TBT)は、カイザー社のインドアサイクルを基に開発された全身トレーニングマシーン。ペダルと連動するハンドルが前後に動き、効率的に全身を鍛えられる。上半身だけ、下半身だけのトレーニングにも対応。
また、足湯やマッサージチェアを組み合わせた利用も特徴的だ。
・足湯は末梢血流を促進し、自律神経を整えてリカバリーを助ける。
・マッサージチェアは筋肉をほぐしながら低酸素刺激を受け、疲労回復に寄与する。
「追い込み」から「回復」まで、限られた30分をフルに活かせるのがこのルームの強みだ。
「呼吸を意識すると心が落ち着きます。心拍が安定すれば、ショット前のルーティンで普段通りに戻れる」
ゴルフにおける集中は18ホールずっと続けるものではない。必要な瞬間にスイッチを入れられるかどうか。低酸素環境で呼吸と心拍を制御する経験は、炎天下でも冷静さを取り戻せる身体をつくる。
塩手は「1日だけのビッグスコアより、4日間を通して毎日アンダーパーで回れるほうがいい」と言い切る。
求めるのは爆発力ではなく安定感。低酸素ルームは絶対解ではない。だがショット中心に練習を積んできた彼女にとって、集中と体力を補う重要な一手になる。
ジャンボ邸で鍛えられたショットと、常圧低酸素ルームがもたらす心肺と集中の土台。伝統と科学の交差点に立ち、塩手莉彩は酷暑のプロテストに挑む。
最後の3ホールで“普段通り”の一打を。その未来は、科学と経験の両方から確かに見え始めている。
■塩手莉彩(しおて・りさ)
2006年3月9日生まれ、千葉県柏市出身の女子ゴルファー。10歳から競技を始め、ジャンボ尾崎ゴルフアカデミー4期生として育成を受ける。ドライバー平均飛距離250ヤードを武器に、数々の大会で好成績を収め、現在は國學院大學経済学部に在学中。JLPGAプロテスト合格を目指し挑戦を続けている。
■低酸素ルームの問い合わせ
フィットネスガーデン馬橋
https://www.fg-mabashi.com/
■撮影協力
ゴルフガーデン松戸
https://golfgarden-matsudo.com/
■備考
本文の数値・効果は国内外のスポーツ科学研究(日本体力医学会, 2019/Lundby et al., 2012/Gore et al., 2007/Hoppeler & Vogt, 2001 ほか)や専門機関の発表をもとに編集部が要約したものです。効果には個人差があります。